現実を正確にとらえるための「問い」の技法 〜無意識の省略、歪曲、一般化を問う〜

「ソフトウェア開発ファシリテーション」アドベントカレンダー12日目の記事です。


「若手に主体的に参加する意欲がないんですよね」

「あの開発チームはリリースするたびに不具合を起こしている」

「我が社は世間一般から見て技術的に遅れをとっている」

「開発チームの進捗が遅く、プロダクトの成長に問題が生じている」

「みんなこのデザインだとダサいと言っている」


といった形で問題について語ってもらうというシーンがあったとき、相談者が置かれている状況の解像度を高めていくためにはどのような「問い」を投げかけていくべきなのでしょうか?

問うこと自体の重要性はあらゆる書籍で言及されているのにも関わらず、私の観測範囲では具体的な問い方について伝えている書籍があまりないように思われます。そういうわけで、今日は「問い」のアプローチの一つについてご紹介していきたいと思います。

隠されている事柄を問うアプローチ

冒頭でご紹介した問題の語りだとイマイチ解像度があがらない原因は、言葉の中で抜け落ちている事柄があるためです。

過度に「一般化」されていたり、話すべき出来事が「省略」されていたり、あるいは(言葉は悪いですが)主観的なモノの見方によって「歪曲」されていたりすることで、相手のモノ言いだけだと辻褄が合わず、そのためどんなに話を続けても解像度が上がらないということがあると思うのです。

そういうわけで、「一般化」「省略」「歪曲」といった特徴に着目して隠された事柄に対する問いを構成するのが、今回の問いのアプローチになります。それぞれ見ていきましょう。

「一般化」

「対象」が一般化されている場合

「リリースするたびにいつも不具合を起こしているんです」

→「これまで一度も不具合が起こらずにリリースできたことはないんですか?」

「みんなこのデザインだとダサいと言っている」

→「みんなが?」「みんなとは誰ですか?」「本当に一人残らずダサいと思っているのですか?」

「いつも」や「みんな」という表現があるとき、本当の意味での頻度や、具体的な人名が隠されていると考えられます。

「必然性」が一般化されている場合

「誰かがチェックした証跡には必ず再監が必要だ」

→「再監しなかった場合はどうなるのですか?」

「必ず」という表現があるとき、そうでない場合のリスクが隠されているか、もしくは正確には認識できないかも知れないと考えられます。

「前提」が一般化されている場合

「現在担当してくれている開発会社の品質が悪い」

→「具体的にはどんな問題が発生していましたか?」

具体的な例が挙がらないまま一般化して表現されている場合、具体的な内容を掘り下げることでその認識そのものが変わることもあります。

「単語」によって一般化されている場合

「あの人は心配性だ」

→「どのように心配するのですか?」

「彼の言葉使いが乱暴だ」

→「具体的にどのように乱暴なのですか?」

複雑な状況があるにも関わらず一つの言葉で片付けるような表現がされている場合、その表現の中身を紐解くことで状況理解の解像度が高まる可能性があります。

「省略」

「事実・事象」が省略されている場合

「このままの進め方では不安です」

→「何に不安を感じているのですか?」

「この実装には違和感があるね」

→「何に違和感を感じているのですか?」

単純に言葉の中で省略されている事柄がある場合、それを確認する問いを投げるパターンです。

いきなり「不安です」みたいに言われると強烈に感じられて「なぜ?」と問いたくなってしまうかも知れないのですが、このシーンでNGなのは「なぜそう思うのですか?」と相手の考え方そのものを問おうとすることです。その前にそう感じるに至った事実をおさえると、冷静に出来事を把握できるようになると思われます。

「比較対象」が省略されている場合

「このクラス設計はひどい」

→「何と比べてひどいの?」

何かと比べて話しているのに、比べている対象がよく分からないパターンです。

「理由」が省略されている場合

「あの人はまったくわかっていない」

→「具体的にはどのようにわかっていないの?」

「あの人のコメントは酷い」

→「具体的にはどんな風に酷いの?」

理由が省略されているために決めつけのように聞こえるパターンです。理由が省略されているため「なぜ?」と聞きたくなるところですが、そう考えるに至った事実をおさえるのが重要です。

「歪曲」

「因果関係」が歪曲されている場合

「品質を重要視していると生産性が落ちる」

→「品質を重要視することと、生産性が落ちることにはどんな関係があるのですか?」

「オフラインで会って話さないと分かり合えない」

→「オフラインで会うことと、分かり合うこととは、どう結びつくのですか?」

一見関係ありそうなことが因果関係として挙げられているけれども、具体的にどう関係するのか、結びつくのかが分からないパターンです。どんな関係があるのか掘り下げることで、相手の思考プロセスを探っていきます。

「物事の繋がり」が歪曲されている場合

「このプロジェクトの成功は世界平和につながる」

→「プロジェクトの成功と世界平和はどう繋がるのですか?」

「あの人は冗長なコードを書く。きっと業務経験が短いんだ」

→「業務経験の短さがどのように冗長なコードに繋がるのですか?」「業務経験が短いと必ず冗長なコードを書くのですか?」

ある意味省略とも言えますが、無理矢理物事を繋ぎ合わせられているように感じるとき、その繋がりについて具体的に問うことで解像度を上げていきます。

「判断基準」が歪曲されている場合

「一生懸命やらないから目標を達成できなかったんだ」

→「一生懸命の基準は何ですか?」「それが本当に目標を達成できなかった理由ですか?」

「業務委託のメンバーは責任感が薄い」

→「何によってそう判断したのですか?」

因果関係との違いは、こちらは話している当人の判断基準がよく分からないという点です。どのようなインプットがあってのことなのか、その人がどのような価値基準を持っているのかを問うことで判断基準を明確にしていきます。

頑なになった思考をほぐす

ここまでで紹介したアプローチは、概して「○○は△△にちがいない!」といった思考のコリをほぐすような質問アプローチと言えます。

このように「なぜ?」ではなく「何がそうさせるのか?」と事実確認を問いとして投げていくアプローチとして、とても参考になるものに対話型ファシリテーションというジャンルがあります。興味のある方はぜひこちらも読んでみてください(とても薄い本なのですぐ読める書籍ですが、内容は濃いです)。