「止揚(アウフヘーベン)」という言葉について殊更考えたことがなかったな、という問題意識を持てただけでも、この3冊を読んだ価値はあったな、と思う今日このごろです。
問題解決の力としての知性
3冊とも同じ田坂広志という方の著作なのですが、入り口はこちらの「知性を磨く」という本でした。「企画力」、「使える弁証法」を読んでみると、「知性を磨く」という本は各論のサマリ的な位置づけにあるのでは、とも感じます。
光文社 (2014-05-15)
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- 知性を「答えの無い問いに対して、その問いを問い続ける能力」
- 知能を「答えの有る問いに対して早く正しい答えを見出す能力」
とした上で、世界に偏在する諸問題を解決するための力、つまり世界を変革するための力として、知性こそが重要な能力なのだという考えを元に、どうすれば知性を磨くことができるか?という問いに答えた本です。
知性を磨くポイントとして端的に以下の2つのポイントが挙げられています。
- 「答えの無い問い」を問う力を身につけること
- 「知識と智恵の錯覚」の病に罹らないこと
答えの無い問いに対して、割りきらない。割りきらずに考えぬくことが答えの無い問いを問う力を養う方法だと筆者は説きます。これは筆者が根底に持っている弁証法の考え方(矛盾に対する止揚)から通じているもので、このあとに紹介する「使える弁証法」とあわせて読むことでしっかりと理解できました。
知識を学んだだけで智恵を身につけたと錯覚しない。営業の本を読んだだけで営業の本質を掴んだつもりになってはいけないと筆者は説きます。智恵とはつまり、経験を通してのみ身につけうる「暗黙知」のことで、問題解決のための本質的な能力は智恵なのだから、自身の経験をないがしろにしてはいけない、ましてや知識と智恵を混同するなんてとんでもない!ということを言っているのですね。
いずれにしても知性を磨くということはインスタントには叶わない、言ってみれば磨くために膨大な精神エネルギーが必要なのですが、この精神エネルギーを養うための「修行」に対するエピソードが、実は一番心に残っています。
しかし、当然のことながら、この三時間一本勝負の講義、受講生諸氏も大変であろうが、講師の方は、さらに大変である。
受講生は、椅子に座って三時間だが、講師は、立ったまま語り続け、三時間。
水も飲まず、休憩も挟まずの三時間は、決して楽ではない。
恥を忍んで、正直なことを述べれば、十四年前、このスタイルで講義を始めた頃は、三時間の講義が終わると、椅子に座って、しばらく体を休めたくなったほど深い疲労に包まれた。
しかし、それから十四年。毎年、春学期、秋学期、それぞれ十五回ずつ、この真剣勝負の講義を続けてきた結果、何が変わったか?
いまは、火曜日の夜、三時間の講義が終わった後、仮に「先生、あと三時間!」と講義を求められても、講義を続けることができるほど、精神のスタミナが身についている。
傍から見て凄いなーと思える人は、本当に精神的なスタミナが旺盛ですよね。そういった人は素直に尊敬できるし、むしろ自分もそうなるためには、このように自分の能力の限界を少し超えたレベルの仕事に果敢に挑戦すべきなのだなと改めて感じたのでした。
人間と組織を動かす力
会社で話題になって読んでみたのが、こちらの「企画力」です。
そもそも企画とは何か。
読んで字の如し、「企み」を語ることである。
では、企みとは何か?
それは「世の中を、より良きものに変える」そういった企みである。
企みが面白くない企画は、そもそも企画が面白くない。しかし、いくら企みが面白くても、その魅力が伝わらなければ人は動かない。企画力とは、「企み」を魅力的に語ることにより、「人を動かす能力」である。・・・では、どうしたら「企み」を魅力的に語ることができるのか? という問いに答えたのが本書です。
田坂先生のスタイルなのか、とても行間の多い本なので、長くても2時間ほどで読み終えると思います。なので、前段の文章に少しでも魅力を感じた人は是非手にとって実際に読んでみて欲しいなーと思います。少なくとも、僕はまだ企画について語れるほど、企画を経験してはいないため・・・。
そんな中でも心に残っているのは相手の「思考の流れ」を導けという章です。
タイトルだけ一見すると「相手の思考を操作しろ」と言っているようにも見えますがそうではなく、読み手が書き手の意図をしっかりと理解できる、流れるような論理展開であるべきだと説いています。企画とは言ってみれば問題を提起するということですが、読んでいる相手はそもそも「それを問題だと未だ認識していない状態」なので、なぜそれが解決すべき問題なのかをしっかりと伝える必要があるわけですね。
余談ですが、この章の前後で、
これから、何が起こるのか? → IT革命で「顧客中心市場が生まれる」
といったような「自問自答」のスタイルについて語られており、「読みやすい企画書は自問自答のスタイルだ」と説かれていますが、田坂先生の著作そのものも一貫して自問自答のスタイルのような気がします。確かに、自問自答のスタイルは思考が導かれるような気がして、とても読みやすいなと思います。これはとても参考になるな、と感じました。
未来を予見する力
最後にご紹介するのが「使える弁証法」です。「知性を磨く」でも度々弁証法についての言及があったので、面白がって買ってみたものです。
端的に言うと、未来を読むために哲学的な思索を活用しよう、という本です。その哲学的な思索の方法として、弁証法を使おうという話です。ただし弁証法そのものについて詳細に解説している本ではなく、あくまで「どのように弁証法を使うか?」という立場をとっています。使える弁証法のエッセンスを解説し、実際にそれを適用して考えてみるという実践の書となっています。
この本で挙げられている弁証法の法則は以下のようなものです。
- 「螺旋的発展」の法則
- 「否定の否定による発展」の法則
- 「量から質への転化による発展」の法則
- 「対立物の相互浸透による発展」の法則
- 「矛盾の止揚による発展」の法則
「知性を磨く」を読まれた方の中で、螺旋的発展の話をご覧になって面白いなーと思われた方は、是非手に取って読んで欲しいと思います。半分ぐらい螺旋的発展の法則に関する具体例なので。
この本で一番のハイライトは、個人的にはやはり矛盾の止揚による発展の法則だなと思います。
すべての物事には、その内部に「矛盾」が含まれているが、その「矛盾」こそが物事の発展の「原動力」となっていく。そして、この「矛盾」を機械的に「解消」するのではなく、それを弁証法的に「止揚」したとき、物事は発展を遂げる。(P.160 世の中の「矛盾」にこそ、意味がある)
そして「止揚」とは、
それは、互いに矛盾し、対立するかに見える二つのものに対して、いずれか一方を否定するのではなく、両者を肯定し、包合し、統合し、超越することによって、より高い次元のものへと昇華していくことです。(P.164 世の中の「矛盾」にこそ、意味がある)
ということであり、矛盾に対して割り切るのではなく、止揚することで発展を遂げるのだというのが矛盾の止揚による発展の法則です。
では、どうすれば矛盾を止揚できる思考力を身につけることができるのか? という問いに対して「知性を磨く」が位置する円環が描かれているのが見事です。
卑近な例ですが、いわゆるWebアプリケーションフレームワークの進化でも「割り切った考え方」というのは結局のところ支持されない、つまり世の中の発展に寄与しないよなと思います。エンジニア的には割り切った考え方の方がシンプルで扱い易い例の方が多いのですが、結局現実の問題に突き当たったときに上手くいかなくなる。そういった問題に対してはやはり止揚、アウフヘーベンという立場に立つべきで、そのためにも思考停止してはいけないんだと改めて感じた次第です。
しかし職場で止揚だのアウフヘーベンだの言い出したら最高に煙たがられそうなので、もう少し丁度良い言葉を探しています。「思考停止しない」というのは、ちょっとマッチョな言い方かな、とも思うんですよね。「思考停止してると言いたいんかい!」と、若干喧嘩腰になりそうな言葉でもありますしね。言葉選びとは難しいものです。
そういうわけで、「3冊まとめてお買い上げになると何と◯◯円!」というオチは用意していないのですが、同じ著者の方の本を連続購入したので、まとめて読んだ感想を書いてみました。どれも面白かったので、興味のある本がありましたら是非手にとって読んでみてください。